OKAWA DNA

7段式パーツフォーマーによる
オンリーワン技術

小さなねじ加工工場から始まった、高精度へのこだわり。

  • 1934年、東京都港区で創業した大川精螺工業は、小さなねじ加工工場としてその歩みを始めました。創業当初は切削加工を中心とした技術を武器に、金属加工業としての基盤を築き、丁寧なものづくりが次第に評判を呼ぶようになります。
    1960年代に入ると、自動車産業の拡大とともに、当社も大手自動車メーカーとの取引を開始。自動車部品は、何よりも安全性が重視される分野であり、わずかな誤差も許されない厳しい検査体制のもとでの生産が求められます。そうした環境の中で、職人たちは一層の技術力と精度への意識を高めていきました。
    真面目に、正確に——。一つひとつの工程に心を込める姿勢が、後の“冷間鍛造のパイオニア”へとつながる土台となっていったのです。

パーツフォーマー導入による飛躍と、技術領域の拡張。

  • 1964年、当社は冷間鍛造専用機「パーツフォーマー」を導入し、大きな転換点を迎えます。この導入により、金属を常温のまま高圧力で成形する冷間鍛造という新たな加工手法が加わり、大川精螺の技術は飛躍的に進化を遂げました。
    従来の切削加工では困難だった精密な形状の大量生産も、冷間鍛造によって可能となり、その技術力は自動車をはじめとする多様な産業分野から高い評価を受けるようになります。
    こうして当社は、自動車分野に加え、建築や家電(弱電)、精密機器といった幅広い産業からも依頼をいただくようになりました。部品を製造するだけではなく、お客様とともに設計・開発段階から関わり、技術課題を解決へと導く提案型のパートナーとして、確かな信頼を築いていったのです。

冷間鍛造×加工技術の融合が生む、「大川品質」。

  • 冷間鍛造技術を手にしてもなお、私たちはそれだけに頼ることはありませんでした。創業以来培ってきた多様な加工技術と組み合わせることで、より高精度かつ複雑なニーズにも対応できる体制を築いてきたのです。
    冷間鍛造を中心に据えながら、ブレーシング加工、精密切削加工、プレス加工までを自社で一貫対応。全工程において品質基準を徹底し、製品としての完成度を高めていく。それが、私たちが提供する“大川品質”です。
    単なる工程の寄せ集めではなく、すべての技術が連動し、正確さ・強度・美しさといったあらゆる要件を満たす製品づくり。それこそが、私たちが目指し続けているものづくりの理想です。

真面目に、愚直に。
お客様の期待を超える金属加工へ。

私たちの強みは、華やかな設備や派手な製品ではありません。
お客様の声に真摯に耳を傾け、細かなご要望にも応える“真面目さ”と“愚直さ”。
その姿勢こそが、大川精螺の本質だと考えています。
冷間鍛造という技術を持ちながら、必要とあらば人の手を惜しまず、完成品としての品質に最後まで責任を持つ。
その積み重ねが信頼を呼び、加工技術と冷間鍛造の両軸を駆使することで、お客様ごとに最適なご提案ができる体制が整いました。
私たちは、「冷間鍛造の大川精螺」ではなく、「冷間鍛造を駆使した金属加工の大川精螺」を目指しています。
技術を活かし、ニーズを捉え、未来をつくる。私たちは、これからも進化を続けていきます。